黒川の女たち


第二次世界大戦下の満州において接待という名のもとに行われた性暴力、それにより何十年も続く苦しみと尊厳の回復の手触りを記録したドキュメンタリー。作り手の訴えがよくよく伝わってくる内容と構成だった。「これは日本の縮図だ」とは反省しない、総括しないとの意味だが、本当に実に日本の話で、映画の終わりに「乙女の碑」から少しカメラが引くと、それが自分の今いるところに、国全体に繋がっていると思う。

序盤に満州国とは何だったか、関東軍はなぜ開拓団を送ったか、ソ連軍は何を把握していたか、開拓団が現地で実際には何をしたかなどが説明されるのに、戦争について知ることの大切さを重要視する作り手の意図を感じる。終盤の安江玲子さん(以降作品に合わせて下の名前+さんと記述することにする)の「戦争に負けてよかった」に涙が出てしまった。以前から公の場で自身の体験を語っていた、この映画を作る切っ掛けとなった佐藤ハルエさんも、9条は大切だ、選挙では毎回それを守る女性に投票していると話す。

「下の方で手を繋いでがんばれ、がまんしろと励まし合うしかなかった」(手を繋いでというのは数人同時に銃で小突かれ布団に転がされ強姦されていたから)女性達は帰国後もしょっちゅう誰かの家に集まってはお酒を飲み、泣き、語り合っていたという。手紙のやりとりも頻繁で、息子の一人によれば「母はよく書いていた、毎日じゃないかな」。内部の繫がりが外部への働きかけを支えたことは想像に難くない。こじつければこれは手と言葉の映画だ。当事者でなくても支援ができることも分かる。

オープニングとエンディングに映る岐阜県白川町の慰霊碑「乙女の碑」には当初碑文がなかった。映画はハルエさんらの行動に後押しされた開拓団遺族会の会長らが性暴力を史実として残すと決め実行する過程も追っている。碑文に反対する男性いわく「皆それを隠して結婚しているから…あんた(監督)の母親がそういうことをしていたと聞いたらどうだ?」。彼の「女性達の気持ちは自分が一番よく分かる」とは男性の口からよく聞く言葉じゃないか(尤もこの方は年端も行かない頃に女性達が集まって話をする場にあんたもいなよと言われて加わっていたそうなので、何の経験もなく言い張る男性達と一緒にしてはいけないのかもしれないが)。この映画はそうした態度こそが性被害者の尊厳の回復を阻んでいるのだと証明する。

作中には自分の祖母の身に起きたことを初めて知り、生きて帰ってくれてありがとう、大好きだよ、それを聞いてますます会いに行かなくちゃと思った、などと書いたり話したりする孫の世代の女性達の力強い姿が記録されている。玲子さんはそれにより撮影開始から数年を経て初めてカメラの前で顔を、笑顔を見せることとなる。ハルエさんの孫の「祖母は誰が自分の話を伝え広めてくれるか常にセンサーを張っていた」との言葉が心に残り、この映画を見ることはそれを受けることなのだと思う。最初と最後には女子校で行われている授業の様子も収められており、ここで作中初めて「性接待」「性暴力」との言葉が出てくるのに、私達はこの言葉をはっきり言っていかなきゃならないと思わせられる。