BAD GENIUS バッド・ジーニアス


『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017年タイ)では主人公リンの父は教師だったがこのリメイクではランドリーを経営している(演ベネディクト・ウォン)。国内の階級差でなくアメリカに生きる移民の話というので設定が色々変わっている。リン(カリーナ・リャン)とグレース(テイラー・ヒックソン)の関係も、オリジナルではお互い何となく…という空気だったのが(リンは初対面時にグレースにいわば外された眼鏡をラストに至っても掛けない)こちらでは中国系のリンのお弁当にくっさ!などと言ってくる他の女子をグレースがやりこめるなど、二人が近しくなる理由が明確に描かれる。いずれにせよ女子二人の無邪気な付き合いが社会の中で壊れていく、そこでは富める者がより無神経になっていくという話だとの点では変わらない。とりわけリメイクでは皆で勝つ!(日本語字幕では「ウィンウィン」)が口癖のグレースのボーイフレンド、パット(サミュエル・ブラウン)の悪がはっきり指摘されるのが印象的だった。

オリジナルではリンが頭のよさゆえカンニングのやり方をつい思いついてしまう(ように見える)のが面白かったものだけど、リメイクではそこで使われるピアノの持つ意味が全く違う。移民の子として期待に応えるための時間を日々費やす中で母と楽しんだ唯一の自由の象徴であり、MITへの進学を望む父に対し自身はピアノでもってジュリアードに行きたいと考えている。私は子どもの手遊びめいていたオリジナルの方が好きなので、そんな大きなものをカンニングに使ってしまうのかと見ていたんだけど、自分にはこういう権利がある、こういうものを持っている、それらを認識し堂々と使いこなすというのがこのリメイクの肝なので、振り返るとしっくりきていたようにも思う。

オリジナルでバンクが言う「せめて金だけでも」には、学生時代あまりに性被害に遭うので金銭という形ででも(それ以外では不可能だから)少しでも取り返したいと思って結局それをお金に換えていたことを思い出した。あの映画は「お金があれば何でもできる世界」において、少しでもお金持ちになることを選ぶか…それはその世界のあり方を助長することになる…少しでもその世界を壊すことを選ぶかという話である。しかしリメイクではバンクは全く違う次元の苦悩を抱えており、「彼を救うと誓った」リンの決断、言動はそこまで手を差し伸べるものでなければならない。この切り込み方が本当にアメリカ的だと思った(しかしラストのセリフ「仕事に困ったら…」とは幾ら何でも「アメリカ映画」すぎるだろう!笑)