自由光州/はじけ鳳仙花

「画家・富山妙子と2本のドキュメンタリー映画」。『自由光州』(1981年日本・前田勝弘監督)『はじけ鳳仙花』(1984年日本・土本典昭監督)の二作を続けて見ると、詩人・高銀の「韓半島の鉄条網は、武器は、憎しみは我々のものではない、アメリカと日本のものである、われわれは受難の民である」に始まり富山妙子が自身の作品で日本政府の外国人への指紋押捺義務付けへの反抗をどう表現すればよいか探る様子に終わる。ちなみに高銀はセクシャルハラスメントの加害者であることが判明しているので(参考記事)そうはいっても女は人間じゃなかったわけだ(「例によって」すぎる!)としか思えない部分がある。

映画を見た朝たまたま食べたホットサンドの具のあずきに、よく豆を炊いてくれた祖父を思い出していた。祖父は大戦中は満州で歩兵として馬に乗っていたそうで、当時のことは死ぬまで口にしなかった。植民地である満州に育った富山妙子が被害者としての日本人には一切興味がないと話し、服を脱いで銭湯で裸でいれば、家に帰って家族といれば、加害者も被害者も区別がつかなかったろう、それでもと「加害者としての日本人」の表情を自身で鏡の中に作りながら描く姿に見入ってしまった。うまく言えないけれど私にはその思想と行為がちぐはぐに思われて、しかしそのギャップこそが「芸術」の肝のように思われて。

『自由光州』では光州民主化運動の実際の記録や富山の作品を見せる映像の後、東京都心(新宿?)の写真に重ねて当時の日本政府の意思表示はただ一つ、現地に進出している企業の警備強化の達しだけだったと語られる。最後にいわく「しかしいずれは日本人も本質的な選択…すなわち生死を誰と共にするかの選択を迫られる」。版画の中に書かれた文言で最も目立ったのは自由、民主主義万歳、そして「共に死んで生きよう」だった。どちらにつくかをはっきりさせないことこそ確かに日本人の備えている最大の悪かもしれない。

『はじけ鳳仙花』はこうした題材を扱っているとエロスに惹かれると話し絵筆を走らせる富山妙子の横顔のアップ、西洋から離れるため、地獄の黒を表現するためにはリトグラフしかなかったと作業のステップを踏む足元、女性の感性としてこういうものを描くというのは不思議だとの土門監督の問いかけに対する、各地の炭鉱に行ったがここ(筑豊)が一番「絵になる」との答えに始まる。ここにも私の分からない芸術があった。

アメリカン・ユートピア』(2020)にも独自の映像でおさめられたジャネール・モネイのHell You Talmboutのように…と例をあげるのも考えたらおかしなことで、実際にはそれは殺人の行われた幾多のところでなされている行為なんだけども…この二作にも殺された人々の名前が刻みつけられている。『自由光州』では記事に載った名前が読み上げられるが当然、到底最後までは辿り着けず、『はじけ鳳仙花』では過去帳の模写の中の「某鮮人」に富山が触れる、どこの鉱で死んだかも分かっているのに遺体の損傷が激しく判別できなかったのだろうと。私にはそれは、本当にそういう理由なのだか判然としなかった。