アメリカ黒人映画傑作選にて二作を続けて観賞。

「アフリカ系女性監督による最初期の長編映画」だという『ここではないどこかで』(1982年アメリカ、キャスリーン・コリンズ脚本監督)のオープニング、落ち着いた音というか音楽を聞きながら、ラナ・ゴゴベリゼの『インタビュアー』(1978年ソ連)の時と同じ、世界は繋がっていたんだということを思った(端的に言って「あの時代」を感じたということ)。見ながらふと、私のパートナーはこの夫のようでは全くないが、実家に帰ってママと何か食べながら話したくなった、そんな気持ちにさせる映画だった。
今はエクスタシーを探求している哲学教授のサラ(セレット・スコット)が母との夕食の席でいわく「論文を書いてる時に感じることはある」。論文執筆には専門書の揃った図書館が必須だが、夫で画家のヴィクター(ビル・ガン)は絵が売れた高揚で夏の休暇を「プエルトリカンのご婦人の多い」北のリゾート地で過ごすことに決めてしまう。現地の女性を絵のモデルとして連れ込む夫への落胆もありサラは一人ニューヨークへ戻って論文に取り掛かる…わけではなく、彼女の講義を受けていた映画専攻の学生の卒業制作に出演するというのが面白い。役者である母が「役に入り込むと感じる」と言っていたエクスタシーを彼女も多少得たのだろうか。
学生の叔父で役者のデューク(デュアン・ジョーンズ)の「黒人の映画監督というものは存在しない」、サラの母の「強くつつましやかで家族を導く役ばかり、等身大の60代の女性を演じてみたい、神より男が気になってるような」なんてセリフの端々に主張が散りばめられている面白さにはジャンヌ・モローの『リュミエール』(1976)を思い出した。主人公と銃に映画が終わるのも同じ。こちらのサラは「ヴィクターの好きなのは(銃なんて決して持たない)落ち着いている私」と銃で男を撃ち殺す。その対象は「役者」、すなわち映画が引き受けてくれるのだった。

『小さな心に祝福を』(1984年アメリカ、ビリー・ウッドベリー監督、チャールズ・バーネット脚本撮影)は書き慣れないふうの字で名前を記し仕事を探すもはかいかず線路沿いにとぼとぼ帰る一人の男に始まる。この夫チャーリー(ネイト・ハードマン)が頑張る姿が主役のように描かれる一方で妻アンダイス(ケイシー・ムーア)が外で働いたり家事をしたりする描写はほぼなく、彼女がなぜ家が回っているか分からないのかと爆発する口喧嘩がクライマックスとなる。母や妻の献身を社会が見ようとしないことが映画に表わされている。
40年前のこの映画に既に、近年日本のSNSで訴えられている「父親は子どもと一緒にいても何もしない」(外出先で子どもだけでお手洗いに行かせるなど)ということが描かれている。妻が帰宅してみればやけに静かなので子ども達はと訊ねてみればそういや静かだな、と部屋を見るとテレビを見たまま寝てしまっている、一事が万事そうで、子どものために自分を犠牲にすることはない。作中あるいは他の映画から分かるように「父親が存在する」というだけで珍しかったろうし妻や近所の女性は確かにまず稼ぎのことを口にするが、どんづまりの状況でもできることがあるだろうという話だ。
二作を通じて分かるのは、ある女には害悪だが他の女にはそうでないという男はいないということだ(何度も引き合いに出すけど『ナミビアの砂漠』でよくよく描かれていたあれ)。『ここではないどこかで』の夫のように客室乗務員になりたいと話す、つまり全く大人ではない人種も異なる女性に襲い掛かったり、『小さな心に祝福を』の夫のように「家でも外でもくたびれ果てているがここではくつろげる」と女に言ったりする男は、女達が連帯していようといまいと全ての女にとって害である。その問題を解決するためには、女が男を殺すか男が男の国から脱出するしかないということだろうか、40年前も今も。