
前作『ツイスター』(1996)では同じ物が好きな者同士の方がうまくいくよね、程度で押し通されていた恋愛要素が、こちらではぐっと素敵になっていた。同じ物を並んで見上げ、ロマコメらしく騙し合い、別々の車内で隣の仲間に同じ内容の熱弁を振るう(このくだりが一番好き笑)。やはり並んでロデオを見ながら互いの出自を語り合う場面の、恋愛映画とはこういうものという「出会うべくして出会った」感、仲間と離れて一人ケイト(デイジー・エドガー=ジョーンズ)の実家に泊まったタイラー(グレン・パウエル)が翌朝の雨にカウボーイハットから涙のように雨を垂らして出ていくなんて演出もよい(すぐに彼女が追いかけてくるんだけど)。大方の人にとっては凶事を示す暗雲が、二人には幸福のしるしだというラストカットも楽しい。
タイラーがケイトに言う「竜巻の大きさは通り過ぎた後に決まる、被害の大きさによるから」とは病気は当人が困っていれば病気だというのにも似て、後にハビ(アンソニー・ラモス)が立ち返る、いや辿り着く「大事なのは人だ」という信条と根を同じくする。甚大な被害の描写の数々によってこんなものが頻発していたら命も生活も風前の灯火だろうと思わせる。あまりに人間中心すぎるとも思うが、目の前の問題として現実からかけ離れてはいないということは遠いこの国にいても分かる。日本では大雨による土砂災害などが起きるとSNSに「そんなところに住んでいるのが悪い」といった類の自己責任論が湧き上がるが、本作のケイトの母親キャシー(モーラ・ティアニー)の「でもここに住む」とのセリフがそれへのただ一つの必要な返答だろう。
出ていると知らなかったサッシャ・レインやケイティ・オブライアンがこの程度の脇役とは勿体ないと思ったけれど(前作のフィリップ・シーモア・ホフマン然り、いるだけで心に残るのがよい俳優なんだろうとは思うけれど)、二人が演じるクルーらによるタイラーのチームは当初ハビが属している男ばかりのリサーチチーム(後にその目的が分かる)の反対ということなんだろう。その他冒頭ケイトが働いているニューヨークの職場に見学に来てここにも竜巻が来る?と質問するのやオクラホマの野球場で暗雲にバットを置くのが少女であるのにも心配りを感じた。