帰れない山


原作未読。「木のように自分を待っていてくれる友達ができるとは思わなかった」というオープニングに、人が人を待っているだなんてという不穏な気持ちと、いつの時にいつの時を振り返っているんだろうという疑問を抱きつつ見始め、それに囚われたまま見終わった。

冒頭は、子どもは自身の境遇を何ともできないという多くの物語に見られることが描かれている。ピエトロにとってブルーノは思いがけない贈り物だったはずだ。それが自身の意思による選択となるまで、更にそれ以降、これらが描かれている物語って実はそうないように思う。親の決定に苛立つ彼が手も使って階段を上っていった次のカットでベッドから脚のはみ出る青年に成長しているというジャンプが効いている。

語り手のピエトロ(長じてルカ・マリネッリ)に対し、自らを山の民と言うブルーノ(長じてアレッサンドロ・ボルギ)の本当のところはどういうものだったのか私には分からなかった。しかし軽やかに見えるラーラ(エリザベッタ・マッズッロ)との対比も含め、これは大人になるという、その色々なやり方についての物語に思われた。

少年時代のピエトロとブルーノがいちにのさん、で大きな石を持ち上げようとしても出来ないが、そんな時はただそこから去ればいい。大人になった二人がいちにのさん、で解体作業を進める姿にふと、父の遺した廃墟の解体と新しい小屋作りも、思えば絶対にやらねばならないわけでないが、大人になるとは自分で意味を持たせたことをやり遂げるということではないのかと考えた。ゆえにそれが実現に近付いた時、ピエトロはかつて父と登った頂上に足を運ぶのだ。

焚き火と魚、山、そしてお前、一生それだけでいい、と言ったピエトロの方がそこからいなくなってしまうのには悲しみを覚えた。愛情とは理不尽なものだが、それでも…いなくなるなんてというんじゃなく、あんなこと言うなんてと思ってしまった。シェルパじゃない人の話なのだという気もした。なぜだかピエトロとブルーノが初めて会った朝に二人の前に置かれた二つのカップ、その違いが頭から離れなかった。