ヘィ!ティーチャーズ!


撮影は2017年から18年、製作は2020年。モスクワの大学を出たエカテリーナとワシリイが教師として地方の国立学校に赴任しての一年間を追った作品。ロシアのドキュメンタリーを見る機会がそもそも少ないのに加えその後のことを考えると、出てきた全員、今どうしているだろうと思わずにはいられない。

廊下で遊んでいた子どもらに校長先生がスクワットだか何だかの「罰」を与える場面の後に二人の初授業の様子。「悪い子なんていない、信じてるからがんばって」「対等に向かい合ってよい関係を築きたい」。校内では校長を、国ではプーチンを、それからロシア正教会をトップとする力に抑えつけられている生徒達は教師が力をふるってこないとなると混乱するのか自分の方が力をふるおうとする。二人のような先生は、いつも暴れていた少年が最後の授業の際に言うように「優しい」という評価になる(それ以外のものさし、あるいは見方が持てない)。

新任教師が変化、成長するには他の先生との協働が不可欠だが、ドネツク出身のサーシャの言う「座ってノートに書かせるだけ」「怒鳴ってばかり」の「婆さん先生」がエカテリーナに忠告するには「(授業における)議論はあらかじめ結論が決められている場合のみ行う」。誰も二人がするように勉強の目的や仕方など話さないんだろう。全てにうんざりしつつもエカテリーナはだって普通の公立学校だもんね、と自分を励ますように部屋の壁に希望の写真を貼っていく。発声練習に通ったり保護者に家で本を一緒に読んでくれるようお願いしたりと考えうる限りの試行錯誤、努力をする。でも一番大事なのは自分…というのには私自身が公立学校の教員を辞めた時に同居人や両親によくやったと言われたのを思い出した。

エカテリーナの「女子にできることの枠を広げたい、私はフェミニストだから」に「そうだね」と少々他人事のように答えていたワシリイは男子の女性差別に直面し対応せざるを得なくなる。男子生徒の多くは極めて乱暴で、授業で議論を行うとなると「殴っていい?」「ひねりつぶしてやる」などとふざけて言い合うので席に戻らせ座らせるしかない(尤も後にはもっとしっかり準備してちゃんと議論を行っている)。生徒達の女性、「エイズ」、同性愛者、外国人に対する差別感情は激しく、何度も挿入される、同じ場にいる外国人の掃除人など目に入っていないようだ。ましてや二人の言葉に出てこなければ私達に見えない「ロマだけのクラス」の存在など。

エカテリーナの最後の授業の際、ふと心と心が通じ合ったふうになる、あそこにこそ教師の仕事の何たるか、難しさが表れていた(もう「教師じゃない」からあんなふうにできるわけ、お互い)。体中が痛くなるドキュメンタリーだけどまた見たい。