メグレと若い女の死


裸の若い女が初めてであろうドレスを身につけ初めてであろう場へ出かけるのと、下着姿の初老の男が慣れているであろう診察を受けいつもの職場に居るのがカットバックで描かれる映画的なオープニング。子どもの頃など「ミステリ」大好きだったのにシムノンには触れたことがなく、この原作小説も未読。「芸術家になるか結婚するかを夢見て都会へ出てくるが家政婦に、あるいは売春婦になる(それだけしか選択肢の無い)」若い女達をジェラール・ドパルデュー演じるメグレ警視が見つめる。端正な作りで楽しく見たけど、しんどい部分には触れずに終わっている感じを受けた(『ラストナイト・イン・ソーホー』の最初と最後もそうだったように結局女は見られる側だった)。

ベンチで待っていると「刑事さんに言われて」と目撃者が自ら足を運んでくるという冒頭に意表を突かれていたら(ドパルデューの体調が悪くこのような撮影になったのかと思ってしまった)、やはり座ったままの検視官とのやりとりを経て、夫人の助言を元に貸し衣装屋へ赴くところから、メグレの、パリに根を張っている、あるいは何とか立っている、セーヌの近くで「生かしておけば順応」している女達への足を使った聞き込みが繰り返される。揺れながらも落ち着いたカメラは作中のメグレの部下への助言「感情を失うことなく、しかし距離を取って」そのものだろうか。

女達の一人、ベティ(ジャド・ラベスト)のメグレの家で休んだ翌朝の朝食の席での夫人との笑い声には、彼には違う感慨があったんだろうけど私には、大きな喪失を抱えながらもパリでちゃんと暮らしている同じ女性への憧れや親しみといった様々な感情があったんじゃないかと思われた。作中何度か挿入される女の子達の遊ぶ楽しそうな声は、地方から出て来た私には、都会に実家があることの、つまり遠くまで出なくて済むことのしるしのように思われた(そこが安心できる場か否か、帰れる場か否かはともかく)。

ところでこれは昨年(2022年)亡くなったアンドレ・ウィルムの最後の出演作だろうか。二年前にやはり出ていると知らずに行った『クイーンズ・オブ・フィールド』共々スクリーンで見られて嬉しかった。メグレの旅のちょっとした、でも大事な寄り道だった。