ドリーム・ホース


近年の映画の馬といえば『荒野にて』『アメリカから来た少女』のように若い主人公に寄り添った視点で見ることが多かったから、本作のように「あなたはそのために生まれてきた」(!)と語り掛けながら、「何も求めない、与えるだけ」の存在と分かっていながら「ローカル・ヒーロー」たる馬に賭けるという物語、昔ながらの作劇が却って新鮮だった。たまたま前日TLに昨今はエンパシーでなくシンパシーばかりが重視されているという話が流れてきたんだけど、これは前者が高まる作品。

勤め先のスーパーの客の苦情より売り場の雑誌のページを破って盗むことを、夫ブライアン(オーウェンティール)のお喋りより取り寄せた本を読み耽ることを優先するようになるまでの、主人公ジャンを演じるトニ・コレットの、あんな演技は久しぶりに見た。近年の彼女の出演作では『アンビリーバブル』(2019)が一番という認識は揺るがないけれど、ここでの出口のない水の中でひたひたとたゆたっているような表情は見事。動物の育成経験が豊富な彼女が呼び掛けて作った馬主組合皆の夢は馬が預けられ目の前から消えても強く続く。「私にはこれしかない」とチョコレートを山程まとめ買いしていたモーリーン(ウェールズ出身のシアン・フィリップス)がカレンダーのレース当日までバツ印を付ける、あれがジャンの言う「人生が変わるという気持ち」なんだろう。

映画は馬のいななきに模したブライアンのいびきに始まる。アラームの前から目の覚めていたジャンはベッドを出ててきぱきとルーティンをこなす(ここの編集が軽快で素晴らしい)。この手の描写を見るとなぜ寝室を分けないのかと思ってしまうものだけど、この映画の場合は見ているうちに今も二人の心が奥底で繋がっていることが分かってくる。その証拠にジャンの両親の家や馬主組合において彼らは二人で最小の単位としてきちんと機能している。そして父親が死んだ後に、いったん腰を落とすと立ち上がれないと座りっぱなしだった母親(リンダ・バロン)が歩行器を横にテレビでレースを見ているのがいい。歩行器があるじゃないかという。

先月見た『ようこそレクサムへ』(2022)はロブ・マケルヘニーとライアン・レイノルズウェールズレクサムFCを買収するのに始まるドキュメンタリーで、クラブの昇格と町の復興を共通の目標とする皆の中でも町のサポーターの面々が主役だった。楽しみつつもここには描かれていないことがたくさんあるよなという印象を受けたんだけど(そもそも後で知ったことにレイノルズは妻のブレイク・ライヴリーに黙ってチームを買ったんだそう)、それはドキュメンタリーの体をとった作品の見方としては正しいのかもしれないとふと考えた。本作の元になった実話もドキュメンタリーになっているそうなので是非見てみたい。