ハッチング 孵化


卵を世話して孵すのが何だというのか、妊娠したり変身したりするのに比べたら自分の体には何事もない、「外」の変化なんて怖くないと思いながら見ていたらそういう話ではなかった、このひねりが肝。一瞬で私の家をめちゃくちゃにした鳥に目覚めさせられ、ある日見つけた卵をぬいぐるみで温め涙で湿らせると、もう一人の自分が育ってしまう。「ヤヌスの鏡」を思い出しながら見ていたものだけど、自分が自分の外にもあるんだからより厄介である(それを映画の面白さに活かしてもいる)。「E.T.」さながらの「同調」は、自身と他者が別個の存在であると学ぶことの出発点どころか真に同一となる出発点である。

(以下少々「ネタバレ」あり)

少女が新たな自身に直面してトラブルを起こす、それは母親も辿った道のりだったという話としては「RAW 少女のめざめ」「私ときどきレッサーパンダ」などがある。同じことを描いていながらそれぞれに意思と特徴があり、本作ではそれをありえないものとして自身も傷を持つ母親が抹殺しようとする。「あなたくらいは私を幸せにして欲しかった」とのセリフで長じてからのその生き方が分かる。「家族に尽くすのが女の本分だと思ってたけど…」というのは嘘というわけでもなく、あれこれすることで相手に幸せにしてもらおうとしていたんだと。終盤娘(と思っているもの)の髪を梳かす姿が、そうか、娘の髪をきれいにしておきたいからそうするのかとひどく心に残った。

先の二作でも本作でも、父親は妻(主人公にとっては母親)を「すごい人だ」と尊敬しているふう…と言うと語弊があるかな、上に見ているふうなのが面白い(父親の描写についてもやはり「私ときどきレッサーパンダ」が抜きん出ていた)。ただし本作では冒頭ヘッドフォンをしてギターを弾いている姿から、見ざる聞かざるで自分の中に閉じこもって生きることを選択しているのだと推測できる。ちなみに娘のシーツの血を認め、生理だと勘違いして、弟をバスルームから追い出したのも仕方ないなどと部屋を後にする場面が(父親のその態度はさておき)非常に自然に撮られておりいいなと思った。