おしえて!ドクター・ルース


「愛情深く真摯」「権威ある話し方を心掛けている」などと言われるルースの仕事ぶりがやはりまず素晴らしい。相手をしっかり見ながら話を聞き、シンプルかつ的確な内容を返す。映画はセックス・セラピストである彼女の現在の、あるいはこれまでの仕事を見せつつ合間に生い立ちを自身に語ってもらうという構成で、教育を重要視する彼女が自ら求め実行してきた勉強の他、人生全てが仕事の現場に繋がっていることを示してくれる。

映画はルースが50年以上住むワシントンハイツのアパートメントの一室に始まる(「寝室には監督を入れないで」)。いわく「有名になっても引っ越さないので驚かれたけれど、移民が多くて暮らしやすい」。少女時代よりスイス、イスラエルと「そこ以外には世界中のどこにも行き場がない」ゆえ強制移動させらてきた彼女にとって、「祖国から逃げてきた人を全て受け入れてくれる女神」のいるニューヨークは初めて自ら選択した場所だった。夫を説得し、ホロコーストにより教育を受けられなかった人への賠償金で「自由」号に乗ったのだという。

私はアメリカを肌で全く知らないけれど、本作によればルースの出演番組の人気が絶頂期の折にエイズが社会問題となり、「彼女はHIVエイズに対する偏見をなくすために活動した先駆者となった」。疎開先のスイスで二級市民扱いされていたルースは「人間以下の扱いをされている人がいるのに我慢できない」「特定のグループを罵倒するのは時間の無駄でしかない、大切なのは知ることと対処すること」と言う。この辺りは春に同じ新宿ピカデリーで見た「氷上の王、ジョン・カリー」に繋がった。

映画はルースの90歳の誕生日に終わるが、大勢から花束をもらいご馳走を用意される彼女は、監督やカメラマン、数歩一緒になる案内人にまで「ちゃんと食べた?」と聞く。自分だけ特別であることに我慢できない、そういう人なのだ(しかし元より、このドキュメンタリーは彼女が音声さんにクッキーを勧めるのに始まるのだった)。疎開先のスイスでの少女時代には「鍵付きの日記帳」にすら本当のことを書かなかった彼女なのだから、カメラに向って話す、あるいは話さないということに私には窺い知れない意味があるんだと思う。

「大人同士が合意の上で寝室で…いや居間でも台所でも…やることは何だって大丈夫」