選挙に出たい



李小牧氏を追ってまず映るのは4年と少し前のTOHOシネマズ新宿の裏、選挙戦最終日の演説はその横手(今は亡きコマ劇の正面)で締められるのを見て、彼がかつて客引きしていた場所だからというのもあるだろうけれど、歌舞伎町の中心はやっぱりあの辺なんだ、芸能の街なんだと思った。このドキュメンタリーに収められている歌舞伎町はずいぶんソフトだが(私が歌舞伎町をよく知っていたのは前世紀だけど)、むしろ他のことがはっきり見える。


「この写真は俺が来た時から変わっていない」というアレ、私もずーっと通るたびに思ってる(笑)尤も彼が上京したのは私より前のバブル期、ふと思ったことに「横道世之介」と同じ頃。映画の世之介は西武新宿で降りて反対側へ向かったけれども。映画といえば冒頭「俺の本の映画に出た山本太郎は俳優から政治家になった、友達だ」とDVDを見せたり「『新宿インシデント』のモデルは俺だ」の後にジャッキー・チェンとのツーショットが挿入されたり(後に息子とのスリーショットもあり)するのが「掴み」としてOKすぎた。


映っている場所の9割9分が私としては徒歩圏内である中、「ここ」からはるか遠いのが彼の生家跡。「ピストルなんか持ってかっこよかった」父親につき、文革でもって失脚した、「反革分子」などと家の塀に書かれて自身の夢も絶たれたと語る。父親がなれなかった政治家に自分はなるのだと。思えばこの映画で最も強く響くのは「民主主義」という言葉である。「元中国人で政治家になったやつはいない、しかも元客引きだなんて、もし当選したら日本は本当に民主主義の国だ」。今生きる国であることを証明することで、生まれた国によい影響を与えたい。これは複数の国を同時に愛する人の生き方を追った映画なんである。


予告編にも使われているぎこちない街頭演説をNewsweek日本版の副編集長に「言わされているだけに聞こえる」と忠告されて以降(このやりとりで眼鏡を外すのがいい・笑)、彼は演説のやり方をすっかり変え、言いたいことをただただ言う。日中首脳会談のニュースを見れば「戦争はもうない」と涙ぐみ(その涙を拭うのが新大久保前の中国語併記の掲示板前というのがまたいい)、演説の縄張り争いとなれば(この言い合いの場面もよく撮った!)そんなのおかしい、新宿区民皆のための区議会議員なんだからと声を荒げる。


「外国人や水商売(中国語で話していてもこの言葉のみ日本語)の人間は『外国人、水商売、ペット可』のところにしか住めない」には、そうだ、マイノリティとは可か不可かと判断される存在なのだと思う。彼は「前の二つはペットと同じということだ」と続けるけれども(笑)「水商売の人々の権利を」というのが営業の利便を図ることに終始しているのを聞くと(作中ではそれ以上詳しいことには触れられない)、女性は強い、素晴らしいと言われても女性の権利は向上しないばかりか退化してしまうのと同じような問題を感じるけれども、それはそれとして(としか言い様がない)。


留学生時代の写真とエピソードも少し挿入されていた。外国人留学生の境遇は日本政府の考え一つで本当に大きく変わる。氏の過去もそれに沿っているわけだから、今見る映画とも言える。他の問題と同じく、特に触れられるわけじゃないけれど。