
オープニングは葬儀のシーン。画面中央のシャーリー・マクレーンがちんまり真っ白く無表情に見えるのに対し、隣のジェシカ・ラングは泣きじゃくっている。反対側の隣のデミ・ムーアが、これまでの彼女の役どころでは珍しい座り方、脚を投げ出して座り込んでいるようにも逆に今にも立ち上がりそうにも見えるふうに着席しているのが目を引いた。脚といえば、冒頭ラングが、美しい脚を美しく組んだ、その膝に小さな傷があるのを手でさっと隠すのも心に残った(あんなもの「無くせる」んだから、そういう場面なのだ)
(以下、少々ネタバレあり)
エヴァ(マクレーン)は元歴史教師である。「臨場感たっぷり」に、コロンブスの悪行を授業で教えたというのが面白い。「さざなみ」で、シャーロット・ランプリング演じるやはり元教師がトラファルガーの海戦について語るのを思い出した(尤もそのエピソードの使い方も映画の出来も雲泥の差だけれど)。旅行中のエヴァの姿には知識は最高の財産兼アクセサリーだと痛感させられるが、マディ(ラング)に「もしもあなただったらこのお金をどうする?」と訊ねる時の態度こそいかにも先生らしく可笑しかった。
思いがけず「(元)教師あるある」映画でもあった。私は教員の子だけど、両親が「現役」だった頃から、用事や買い物で一緒に出掛けるとよく(元、あるいは今の)教え子に声を掛けられたものだ。保険会社の調査員(ハワード・ヘッセン)が終盤エヴァに向かって「会社にあなたの人となりを伝えておきます、見事な教育者だったと…」と言うの、まともに育ってないやつもいるじゃん!と思うが(笑)彼と彼女がくっつくラストシーンに、彼にはそう見えるのだと考えた。
エヴァとマディがどういう経緯で親しくなったのか、作中には描かれない。何十年来の友人と説明されるだけだ。デートに誘われたエヴァにマディが「若い女に興味がないってことね」と冗談めかして言うことから(勿論それは女達にとって彼に対する誉め言葉なのだ)、結構な年の差があるようなので、教え子だったとしたら面白いなと思った。
「お問い合わせ」のシーンをあんなにひっぱったんじゃ面白さも激減どころかマイナスに、という締まりのない映画だけども(今年は「わたしは、ダニエル・ブレイク」のあんな描写もあったしね)、タクシーの前での女二人の抱擁にはほろっとしてしまった。娘のクリスタル(ムーア)が母親に「首に掛けておく通報器具」を贈るのと真逆の態度なんだよね、あれは。尤も「親子」ならあの気持ち、分からなくはないから、自戒しなきゃ。
エヴァとマディに声を掛けてくるチャンドラー(ビリー・コノリー)は初期の認知症のようで、同じ話を繰り返したり名前や時間を忘れたりする。この要素が全くもって感傷的に扱われないのはよかった。「コロンブスはどこへ行くか分からなかったしどこに来たかも分からなかった」とのエヴァの言葉に「気持ちは分かる」と返すのは、これまでの人生を振り返ってか、「今」の思いか。