涙するまで、生きる



元となったカミュの短編小説「客」の方が遙かに、遙かに面白い…と見た直後には思ったものだけど、振り返ってみると、映画の作り手が、あることにつき、カミュの物語に託して思い切り描き切ったという感じがして、悪くない。
オープニングはアトラス山脈の山間の荒涼とした景色と一本の道。カメラが動いて「学校」が映ると、思っていたよりうんと小さい。ラストにも同じように山間と学校が映されるが、その時にはもう、学校は小さく見えなかった。


本作を見る前の晩に「客」をざっと読み返して印象的だったのは、主人公ダリュに裸で寝る習慣があるということ。ヴィゴ・モーテンセンが演じるので期待したというのもあるけど(笑)これは作中大きな意味を持っている。「自らを王候のように感じ」「こわいものなし」の彼が、「客」が来たことで「何も着ていないことに気付いて尻ごみする」のだから。
映画でもダリュは裸で寝るが、その意味は消えている。彼はモハメドレダ・カテブ)が来る前から「教師が殺された」「フランス人は狙われる」といった話を聞き用心しており、彼との最初の晩のみ(のようにも見える)何も着ず床に付き、気配を感じると即座に目を開いて銃に手をやる。自分の境遇に満足していた主人公が「客」を切っ掛けに「これほど愛していた国でひとりぼっち」になるところで終わる原作に対し、主人公がより「自覚的」であるこの映画は、「客」により変わった彼が、カミュに沿って言うならば「不条理を受け入れ」、ある行動を起こすところまでを描く。


飛ぶ鳥を撃ったり弾に当たった馬を「殺してやっ」たりする慣れた手付き(歯も剥き出しに倒れた馬の後ろを、学校から出されたモハメドがうろうろする画は示唆的)、モハメドを追う村人と対峙した際の肝の据わりよう、岩でごろごろの道中でも追手に気付く耳ざとさ、冒頭からダリュは(小学校の教師という身上にして)ただものではない。発つ決意をする前に銃を額に当てる横顔の後ろに見える、ぼやけた女の写真が第一の手掛かりだ。
遭遇したフランス軍の中にダリュの(「一緒にイタリアと戦った」)戦友がいたことから、彼の「過去」や「現在」が明かされる。戦争が終わってすぐ「(慈善事業としてではなく)社会教育として」教師になったのだと。「歴史を教えてるのか」との問いには(実際にはそれらも教えているが)「読み書きだ」と答える。彼が教えるのはフランス語とアラビア語の両方。後に生まれ故郷に立ち寄る場面で、自身の口から「フランス人にはアラブ人、アラブ人にはフランス人と言われた」と出自を語る。この言葉から主人公が実に「カミュである」ことが分かる。


映画は男二人のロードムービーでもある。追手がいるゆえ道は使えず、山中を息を切らせながら進む。雨に降られた時、何とでもなれと思ったのかダリュは初めて笑う。その後に現れる「屋根の抜けた家」は、なぜか遠くに映ってる時点でそうだと分かり面白かった。廃屋で火にあたりながら、モハメドは街へ向かう理由を語る。ダリュは「長男ならモハメドか」とここで彼の名を知る。翌朝、初めての晩にガレットを食べさせてもらったお返しのようにモハメドが朝食を御馳走する…といっても引っこ抜いてきた草だけど(笑・「アロエみたいなものか?苦いな」「パンと同じだ」)
ゲリラ軍に遭遇した際にモハメドが「昔世話になった先生だ」と言うように、二人の関係には教師と生徒めいたところも感じられる。そもそもモハメドが始めに足を踏み入れたのは彼の「教室」なのだ。ダリュの故郷で女を「抱い」た後、モハメドがダリュと同じ髪型になっているのが可笑しい(女が二人とも同じように撫で着けたんだろう/こうした「西部劇」的な「優しい娼婦」の描写は、女に生きてる感じがせず好きじゃない)


戦争から離れて生きているつもりのダリュが、戦時中の軍人としての「功績」のおかげで、モハメド共々何度も命を繋ぐことになる。「そんなもの」なのだ。えげつないゲリラ掃討の後のフランス兵の「ご無事でよかった」なんて一言は喜劇のセリフにしか思えず、笑いそうになってしまった。
ダリュはモハメドと別れる際、「道」の片方について、「遊牧民はお前を受け入れる、それが彼らの掟だ」と言う。自らの属する集団の「因習を断ち切」るために命を投げだす覚悟の彼に、他の「掟」の恩恵を受けるよう勧めるような言い方をするのが面白い。「そんなもの」である世界の中で、都合のいいところに移動してでも生き延びる意思と希望こそ、今、この映画が描きたかったことなのだと思う。