横道世之介



これはよかった!今年のベストテン入り間違いなし。原作は未読。
高良健吾綾野剛に出演時の格好で「Young oh! oh!」を歌って欲しい!剛くんは勿論、おいおい…と言いながら体は踊っちゃうのね(笑/池松壮亮もよかったけど、この曲は定員二名だから…)


オープニング、いきなり目に飛び込んでくるのはMY CITY(新宿駅駅ビルのかつての名称)、それからPePe(西武新宿駅駅ビル、現在も)。高良健吾演じる世之介の姿は、私が映るもの全てに気を取られてたことを差し引いても(笑)あまりに程よく人混みに紛れている。ふと、少し前に観たジョニー・トー奪命金」のラストシーンを思い出した。映画が「主人公」を捉える姿勢と、画の美しさと、どちらも感じ取れる。


1987年春、長崎から大学進学のため上京した横道世之介。彼の大学初年度の一年間を描く合間に、関わりのあった数人の「今(学生時代を起点とすれば「未来」)」(2005年頃?)が織り交ぜられる。
最も始めの方に挿入される「今」は、入学式で知り合った倉持(池松壮亮)と阿久津。夫婦である二人の間で交わされる世之介についての会話の空気を感じてから、再び学生時代に戻ると、とくに引越しの日、背を向けて「お前しかいなかった、ありがとう」と嗚咽する倉持の姿なんて泣けてしょうがない。「今」はもう、彼にとって世之介はすごく大きな存在ってわけじゃない、でもかつてはこんな日もあったのだ。寂しいというんじゃなく、その「普通」の感じにしみじみしてしまう。
次いで加藤(綾野剛)、千春(伊藤歩)、そして恋人だった祥子(吉高由里子)の「今」が順に示される。祥子のパートで示された写真の謎をめぐる、終盤のめくるめく展開はまさに映画の醍醐味。
一年間に限ってるからというのもあるけど、世之介と皆が疎遠になった顛末が描かれないのもよかった。だってそういうもんでしょ、というのは馬鹿みたいな言い様だけど、「理由」なんてあるとは限らないし、例えあったとしても、語らない方がいい。


「業界人の集まる店」で岡村ちゃんの「Check out love」(これはデビューアルバムの曲なの)、下北沢でのダブルデートのお店でレベッカの「Monotone boy」(これは映画「微熱少年」の主題歌で、NOKKOが初めて他人、松本隆の詞を歌ったの)が流れたところで、ああ、この映画は、世之介より6年遅れて上京した私が、一番体験したかった、でも出来なかった「東京」を描いてるんだと分かった。この二曲はいずれも実際に87年の春に発売されている。私は既成曲の時代考証はある程度適当でいいと思ってるけど、少なくとも自分にとって、上京した春に聴いた曲は特別なものだから、もし本当に世之介と「同世代」の人がこの映画を観たなら、どれだけじんとするだろう、と思った。
「当時」を表す小道具の数々には見惚れてしまった。自分の体験と照らし合わせて心惹かれたのは「カロリーメイト」。調べたら発売されたのは83年なので、まだ「新しい」ものだったんだな。まず加藤が学食で、終盤には影響を受けたのかランドリーで洗濯待ち中の世之介が口にしている。そういや私も大学の、学食じゃないけどサークル棟?の自販機にあったの、よく食べてた。それ以前も以降もあまり買ったことがなく、私にとっては大学で食べるもの、だった。
ふと「テッド」の日本語字幕のことも思い出した。本作の「ねるとん」や(私が一番悶絶した)「マルイの10回払い」なんて、外国語の字幕付けるのは難しいよなあ。字幕製作者の大変さと同時に、自分の(文化が分かる)国に、いい映画があることの幸せを思う。


事前に上映時間が160分だと知り少々構えてたけど、合宿所のお風呂で世之介と倉持が話す場面で、ああこの映画には長尺が必要だ、と思った。
引越し当日、世之介は一つ置いた隣人(江口のり子)とひょんなことから小窓越しに会話を交わし、「シチュー食べてく?」の言葉に「はい」と返事して驚かれる(気まずくなるわけではない/彼女との会話は最後に再びなされ「円が閉じる」)。本作にはこうした、いわゆる社交辞令に世之介が素直に応じてしまい「妙」なことになる、という場面が何度か出てくる。そこに生まれる余白は、本作全体の空気に通じるものだ。そうかと思えば、「社交辞令」とはちょっと違うけど、倉持の口をふとついて出た「じゃあお金貸してよ」に対して、世之介が間髪置かず「いいよ」と答える場面があるのも面白い。


吉高由里子演じるお嬢様・祥子の可愛らしいこと!それは彼女が恋しているから。もっともっと、映画で「恋する女の子」を観たい。クリスマスの夜、とんがり帽をかぶってすぐ世之介に見てもらおうとする場面がお気に入り。
彼女は「今」の祥子にもすんなりはまっていた。それをこなせる役者だからこそ、そういう「根っこ」を持っていた、学生時代の祥子も演じることが出来たのかもしれないな、と思った。