善き人



有楽町スバル座にて観賞。三が日は料金千円ということもあってか、結構な入り。
エンドクレジットを観ていたら、製作者の先頭にあった名前は「ユダヤ人」役のジェイソン・アイザックス。「ユダヤ人を監禁したらもう食べられない・笑」チーズケーキが哀しい。


ヒトラーに著書を利用された大学教授が、当初の意に反し、親衛隊の幹部として出世していく物語。
親友同士が「親衛隊」と「ユダヤ人」に、となれば面白さでは昨年の「ミケランジェロの暗号」(感想)に敵わないけど、本作では、主役のヴィゴ・モーテンセンの一挙一動に「もっとなんとかなるだろ〜がんばれよ〜」「でも自分にもこういう部分あるかも」としみじみさせられる。「やることはやった」って、もっと色々出来るだろ!と思いつつ、口ではそんなこと言いながらこういうことって、私にも、あるいは世の中にも、結構あるんだろうなあ。


主人公ジョンは話が始まって早々、妻からも党の偉いさん(マーク・ストロング)からも「あなたは正しい」と言われる。その後「捨てた」妻から「あなたに恋してるの、行かないで」、別れて随分後に「家族の誇り」、見ようによってはやはり「捨てた」母親からも「立派な息子(good boy)」と言われる。入党したことで「裏切った」ユダヤ人の親友モーリス(ジェイソン・アイザックス)が彼を頼るのも、愛人のアンが彼を欲するのも、何となく分かる。それは演じるヴィゴの魅力に負うところも大きい。
「仕事場」まで訪ねてきたモーリスを、アンと一緒だからと追い返してしまうヴィゴ。もっとやり方があるだろ〜と思うも、髪を乱し胸をはだけた彼が二階の窓から姿を現すこの場面、作中一番ってくらいかっこいいから困る(笑)ちなみに作中数回しか見られない、眼鏡を外した姿。


「生粋のアーリア人」であるアンは、ナチスのパレードについて「みな幸せそうにしてるんだから、悪いことのわけがない」と言う。幸せだと感じない人は来ない、なんて考えもしない、強者の暴力。それだって自分にも当てはまるかもしれない。ジョンも後に、選挙権さえないモーリスに向かってさらりと「ぼくらも何かをしなければ」と言う(もっともこれは入党の理由付けでもあるけど)。
新しい友人が「本部はセックスに関しては『前衛的』だ」と言うのも、内容を聞いてみれば「(「不倫」であっても)アーリア人の女とどんどんやって子どもを作れ」という、強者に都合のいいもの。当人だって後に首を絞められるはめになる。世に言われる「過激」「前衛」って、所詮は誰かにのみ都合のいいもの、差別をはらんだもの、そんなもんだったりするよなあと思う。


ラスト、ヴィゴが親友を訪ねる長回しの映像は、まるで「収容所」のテーマパークを見ているよう。本作がある種の「ミュージカル」でもあるのが、ここでちょこっと効いている。音の出所を辿っていくと、ディズニーランドの一角のような感じでユダヤ人の「楽団」が演奏している。ヴィゴは最後となるセリフを漏らし、初めて涙を流す。カメラが移動すると、新たに捕虜が送り込まれてくる。


ラストに流れるのはマーラーの曲。冒頭、精神分析医であるモーリスがマーラーについて口にするのも、昨年パーシー・アドロンの「マーラー 君に捧げるアダージョ(原題:寝椅子の上のマーラー)」(感想)を観たこともあり面白かった。いわく「寝椅子に縛り付けて治療すべきなのに、なんであんなやつが流行ってるんだ?」