赤い靴


ユーロスペースにて、デジタルリマスター版を観賞。



レルモントフ・バレエ団のオーナー兼プロデューサー、ボリス・レルモントフ(アントン・ウォルブルック)は、ロンドン公演中に二人の若者を一座に加える。バレリーナのヴィッキー(モイラ・シアラー)と、音楽家のジュリアン(マリウス・ゴーリング)だ。アンデルセンの「赤い靴」を題材にした新作で、ヴィッキーはプリマへの道を歩み始める。


冒頭、ドアの向こうから、壁のポスターも破ってなだれこんでくる若者たち。当時のバレエは大衆の娯楽でもあったらしい。桟敷に転がり込んで良席を取ったのが「青年」(に見えないのが、作中何度かダメージとなる・笑)ジュリアン、もっとも彼と仲間の目的はバレエではなく音楽。「バレエには詳しくない」「目標は違う、バレエなんて二流だ」。「音楽家」志望にはそういう見解の者もいるのだと分かる。
一方のヴィッキーはティアラを着け、金のしたたりそうな叔母と席におさまっている。そしてボリスは、カーテンの陰に隠れて手だけを動かし意思を伝える。三者三様の佇まいに加え、公演の様子を端的に表したこの一幕がまず面白く、物語に惹き込まれる。


劇中劇のバレエ「赤い靴」は、私の目には映画がそこだけ「ミュージカル」になったように見え面白かった。映画そのものに沿った…渾然一体となった内容の物語が展開するのだから。
ヴィッキーの足に赤い靴がすっぽりとはまり、舞台が大地になり客席が海となり、ダンサーを中心に世界が流れ流れていく様子は、目前にバレエを観るのとはおそらく違った、映画ならではの面白さ。逆説的だけど、だからこそ本作は「バレエを題材にした映画」を超えた、ずばり「バレエ映画」なんだろう。


以降の展開に、ああ、これはヴィッキーでなくボリスの物語なのだと思わせられる。バレエを「宗教」として崇める彼は孤独で、がんじがらめの中に居る。
公演の成功をヴィッキーと祝うため「海岸で一番おしゃれなレストラン」を予約するも、彼女を含めた皆はもっと気楽な場所に繰り出している。ヴィッキーとジュリアンの関係を、彼だけが知らない。「バレリーナはバレエに全てを捧げるべき、恋などしたらおしまい」という主義でありながら、前のプリマの時と同様、その踊りを目の当たりにしているのに、彼女が恋をしていることに全く気付かない。しかし「それ」を知ったら、もう「ダメ」なのだ。踊りでなく、自身の心の側の変化ゆえに。
(「恋をした」後の彼女の踊りに変化があるのか、私も目をこらしてみたけど、全然分からなかった(笑)本人は何か違う心持で撮影に臨んだのだろうか?)
ジュリアンを呼び出し談判の最中、彼に「誤解です、僕達は本当に愛し合ってる」と言われた時の顔。ボリスにとって「恋」とは「くだらない幻想」であり、その存在を当たり前のように認める他の人々とは理解し合えないのだ。彼がヴィッキーに「裏切られた」と言うのも分かる。だって身を捧げると約束したじゃないか。


本作には、モンテカルロの風景を映したリゾート映画、あるいは重要な場面に出てくる列車映画としての一面もあるし、全編を通じて、セットや衣装の、俗っぽい高級感とでもいうようなものが味わえる。ボリスの部屋に置かれた、バレリーナの足首の彫像や舞台のジオラマが目を惹く。
ジュリアンのピアノを聴きながら、ボリスは朝食を、ヴィッキーは昼食をとる。どちらも楽しそうじゃないけど(笑)ボリスはグレープフルーツに、ヴィッキーはオレンジジュース?に、大量の砂糖を入れて食しているのが面白かった。