もつれた髪、寄せない胸、机には食べ物、足元には動物。やかましいパリでぶつかりあう、男と女。ひとつひとつのシーンやセリフが丁寧につなぎ合わされており、とても面白かった。

フランス人のマリオン(ジュリー・デルピー、監督・脚本なども)とアメリカ人のジャック(アダム・ゴールドバーグ)はニューヨークに暮らす恋人同士。旅行の合間にマリオンの生家に立ち寄るが、彼女や周囲の皆のやることすべてが、ジャックにとってはストレスとなる。
パリに住み尽くした後ニューヨークに渡り、「4ヶ国語を話せる」主人公と、アメリカ人の恋人。文化の差異と個人の差異がからむ。といっても故郷を離れているマリオンのパリの捉え方には観光客的な部分もあり、見易かった。
フランス人とアメリカ人、違いはあるけど、議論をマイナスに捉えがちな日本人と異なり、親しい間柄だからこそ徹底的に話し合う点は同じ。マリオンいわく「続けましょ、議論って大好き」。しかしまずいと思えば引くのも早い。話し慣れ、コントロールができている。
あんなふうに自分の頭の中をのべつ幕なしに主張してくる(隠してることもあるんだけど・笑)相手に対して性欲って湧くものだろうか?と思ってしまうけど、二人はふつうにセックスをしている。身体があればできる、生活の一部としてのセックス。神秘性や立場に頼ったセックスは不健全なものだと思った。両方あるのが理想だけど…(笑)
音楽祭の日、言い争いの後にジャックと分かれたマリオンは、路上の演奏に合わせて二人で踊る想像をする。人生には誰かと一緒の「いい」瞬間というものがある。それをつなげて生きていきたい、と思わせられた。
その後二人は彼女の部屋で再会し、「4時間の話し合い」の末にまた一緒になる。「この先逃げ出さない、とは誓えない」ことと「別離が辛い」こととは両立する。感情は真実だ。
一般的な「お約束」でなく自身の感情に依って生きるのは難しく、大きな責任を伴う。最終的に「独り」に立ち返らなければならないからだ。でも覚悟を決めればわるくない。二人の会話が消え、マリオンのモノローグで終わるところから、そういうことを感じた。
その他いろいろ。
・冒頭二人が乗っている寝台列車?の室内が魅力的だった。
・ジャックがマリオンについて「性的に奔放」と言う意味がよく分からなかった。彼女の男性生活?は真面目なものに思えたので。元恋人とちょっとしたつきあいを続けていることに対してなら、作中マリオンが言うように、相手に対して「恋人」としての価値しか認めないのと、(性的な意味も含めての)「友達」として認めるのとでは、どちらが誠実であるとはいえない。
・マリオンの父親を囲む皆が集まる会場で、まともに話せる相手もいないジャックがドアを開けて外に出ると、一瞬音が消える。漫画「天然コケッコー」で大沢くんがそよちゃんちを訪ねた回を思い出してしまった。もっともあんな、心安らぐひとときじゃないけど(笑)
・ダニエル・ブリュールが「妖精」として現れる場面は、ああいうの、ありそうで面白い。いいアクセントだった。
・タクシーの運転手が、日本人のように数珠をつなげたような背もたれを使っている。どこにでもあるものなのかな。